若倉雅登先生(医療法人社団 済安堂 井上眼科病院 院長)講演 私は国と関係ない所が、そういう援助をしているということもついぞ知らずにおりまして、ビックリもしたんですけれども、そのこと自体に。私、昔、有機リンの研究をしている眼科の教室におりまして、先程の黒岩先生のお話にもありました「DFP」の実験もしておりまして何か障害が出ているという実験者がいたとおっしゃいましたけども、私も若い頃「カルバメイト」という有機リンではないですけれど、やっぱり有機リンと同じような薬理作用をもつ薬物の実験をしていて、そしたらある時、両足に靴下を履いていないのに履いているような、歩いていてもなんか感覚が変だなぁということに出合いまして、「これは実験しているのはまずいのかなぁ」と、そのことは内緒にして別の同僚に「おまえ代わっておけ」と(笑)言ってやってもらったことがありますよ。1,2ヶ月ほど、実験を休んで、再度始めたときは随分注意しました。若い時でしたから適当にやっていたんですね。そしたら、意外と曝露していたわけなんですね。そういう経験もあったりして、やっぱり怖いものだと。もちろんサリンというのは先程のお話にもあったように、相当怖いものであることは間違いないわけです。それで、しかし比較的今までは急性期の中毒に対するお話が多かったと思うんですけれども、目に出てくるのはその後の慢性期の中毒と言いますかね、救命救急で命が助かったけれども、その後、出てくることで、その時、国も医療もあるいは報道のメディアも救命救急とか、誰が、何人、どれだけの方が亡くなって、どれだけの方が重症だったとか、そういうことですね、それから犯人探しですね、これには大変関心を示したわけなんですけれども、その後の被害者の健康被害、健康状態については、私たち医療者も含めてあまり関心を寄せなかった。それが、RSCの活動で「目になんかいろいろ出ているぞ」ということでわかって、私もある意味でビックリしたということが実情なわけなんです。その経緯がまず、コラムに書いてありまして、今日お話する数字もここに出ていると思います。 それで、2002年から今日まで、ずっとサリンの検診というものをさせていただいて目の症状が出ているという方を少しずつですが診せていただくということを致しました。その人数はもっといるのかもしれませんが、私がカルテで確認できたものは2002年8月から2010年2月まで295名でございました。男性と女性の比はスライドの通りです。 それから、近視化の疑い、これもちょっと問題が多くて、「抗コリンエステラーゼ作用」という薬理作用を持っているサリンは、毛様体筋というピントを合わせる筋肉が過剰に働くという状況になって、それをきっかけにして次第に近視化にしていく可能性はあると思うんですね。これは実験でも少しは証明できている、他の有機リン系農薬の実験でも証明されているんですけれども、たとえば、事件当時自分は眼鏡をかけていなかったのに、そのうち2、3年でどんどん近視が進んで、今では結構、厚い眼鏡をかけなければ見えない、あの時は裸眼で生活していて非常に快適であったんだけども、今のこんな眼鏡で私はとても嫌なんだと、それで疲れるんだとおっしゃっておられる方もこの中には随分いらっしゃる。但し、この近視化というのは当時の例えばカルテ、当時どんな屈折をもっていただとか、そういうのがわかれば追跡できるんですが、7,8年後に断面でみただけでは、「あなたは近視眼だ」とうことはわかるけれども、本当に近視化したかどうかは証明できないわけですよね。そういうところからいうと、やっぱり、当時おそらく目が見えないだとか、目に症状があって、例えば町の眼科に行っておそらくそのときの近視の状態、目の屈折の状態とか調べておられるはずなので、そういうものが残っていれば比較してみれば、これは生理的以上の進行だということはあると、そういう判定されれば、このような方々たちだって障害と判定されなくもないと思う。だけど、こういうところは僕もずっと、後ろ髪を引かれているところであります。しかし、私が「えいやぁ」でやったのは、眼鏡をかければとりあえず普通の生活ができるという、人間は一生の内、1回は眼鏡を掛ける、目がよかった人でも老眼になる、眼鏡をかけなきゃならなくなるということで、眼鏡をかければ、まぁ、そこそこ、そんなに困らない生活ができるということで、これは我慢して頂戴ということで、判定したわけでございます。ただ、ここには今言ったように心のジレンマというか、後ろ髪を引かれる思いというのがあります。次の中枢性視覚異常現象も、偏頭痛なんかが起こってくるものもありますし、いろいろな場合があるんですけれども、これもちょっとサリンと関係があるのか今ひとつ証明できにくいところでもあります。 それで、いよいよ私がこれはサリンとの関係が疑われるなと、私は神経眼科の専門家の立場で判定したものについてです。神経眼科はちょっと普通の眼科とは違う専門で、白内障の手術をするとか緑内障をやるとか、網膜はく離をやるとか、そういう眼科じゃなくて、脳と目との関係を調べている領域です。もちろん一般眼科も医者ですのでやりますけれども、専門的な神経眼科の目で見ると、これだけの異常が見つけられたということなんです。特に多いのは、「瞳孔の異常」ですね。当時、サリン被害にあった方はみんな「あの日は天気が良かったのに暗かった」と、そういうことを記憶されていると思うんですね。しかも、それは凄く瞳孔が小さくなった、サリンの薬理作用によって生理的範囲を超えて小さくなっちゃったわけです。そのときには当然、調節、つまりピントを合わせる毛様体筋というのも過剰に収縮していますから、場合によっては痛みを感じたかもしれないし、それからおそらく一過性にすごく近視化していたことが推測されるわけです。今でも縮瞳している方は若干いらっしゃるんです。面白いというと語弊がありますが、神経眼科医として面白いと思うのは、明るいところで縮瞳するのは、判るんですが、普通暗くしたら瞳は開く、開いてこなければならないがそうならない方がある。人間は明るさによって絞りの程度を変えて絞りを自動調節しているわけですけれど、それがとても下手なんですね。後で画もみていただきますけれど、暗さに応じて瞳がひらいてこない。それから毛様体筋の問題と、おそらくもしかすると中枢性のコントロールの問題もある。ピントを合わせるというのは脳からの命令で両方の目が上手にピントを合わせるというそういうシステムになっていて、最近、ずっとここ十年くらいでその中枢のメカニズムが非常によくわかってまいりましたけれども、一般の医者は調節というと目のことしか考えないんです。この調節というのはやっぱり、脳と目との相互作用なんですね。そこのところに故障が起こることは、中毒とか、それから頭頸部の外傷といったこういうことでよく起こります。それからお薬でも起こります。脳に効くお薬、例えば「抗精神病薬」みたいなものですね。こういうものでも起こってくることはありますが、そういう中枢性と考えられる調節障害もサリンの患者さんでは比較的多くありました。それから、眼球運動ですとか、眼瞼痙攣ですとか、化学物質過敏症みたいなその他のいろんな異常もみられました。 もっとも多いのが目の疲れとか目のピントが合わないといったことです。それから目や視覚は生活の質の低下に密接に関係しているので、とても自覚症状が多いということになります。図を見ていただくと、これが正常な人の目で、明るいところでは瞳孔が左の上のように縮瞳します。小さくなります。しかし、暗いところではこのように大きくならなければならないんですけれども、右側の方が患者さんで、明るいとグッと縮瞳して瞳が小さい、そして暗くしてもこのように大きくならない・・・、こういう風なのが一つの特徴です。こちらの方は、別の中枢性の異常ももっていらっしゃって、横書きの本が読めないんですね。横書きの本が読めないのは、横に目を滑らかに動かすと、このようにギザギザギザギザ動いていますね。こういう風にしか動けないんですね。うまく追えない。縦は上手に追っているんですが、横に動かすと追えない。このようなことはやっぱり中枢性の異常で、サリンが中枢性に曝露したことに起因しているだろうと思います。 平成22年2月にオウム真理教の被害者救済法で障害その他の中に、視覚障害が23名ありました。このうち22名を私が、診断書というか、意見書を書いたものですけれども、一例は他の大学から出てきました。そういうことで視覚障害が結構多かったということですね、障害の中で。判定した所感としては、今言ったちょっと後ろ髪が引かれるような思いがあるということと、分析結果の不消化な部分がある、これは現代医学の限界ということも示しているのかなぁとも思います。それから、後遺障害の等級の問題点としては、中枢性の障害を、等級表には全くないので、その点が、昔の昭和30年の表を使っていて、その後の進歩については殆ど無視しているっていうところは大問題です。しかし、今回の警察庁の犯罪被害者支援室は、非常にこの点を私の意見を入れていただいて、弾力的に運用してくださって、そして中枢性の障害もだいぶ認めてくれたというのは、高く私は評価したいと思っております。ここには、私が最近書いた本を紹介させていただいているんですけれども、こういうことを単に「気のせいだ」とか、「大したことない」ということをいう裏には、医療全体が抱えている問題があるんだということをちょっとお話しようと思ったんですけれども、時間がないそうなので、ぜひ、私の著書の方をみていただければありがたいと思います。 最後にメッセージ、この4つだけ言わせてください。この中に、今日のエッセンスが入っていると思います。
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