「小伝馬町での献花の際、涙がこみ上げてきて、とても辛い気持ちになり、この様な参加は今回きりにしようと思いましたが、最後まで行進して心も落ち着いた時に今後も出来ることなら参加しようという心境になりました。」(I・Uさん)

 サリン事件から10年目の前日(3月19日)、冬と春との端境期の朝は、雲ひとつなく晴れ渡りました。
午前9時30分。出発の1時間前に関わらず、すでに被害者の方が数名。小伝馬町駅前には、ウォーキングのために協力を申し出てくれた「伴走バス」の中にも家族で参加した、Aさん一家などが暖を取りながらの待機です。
 被害者の方々は48名、家族などを含めると55名、ケアをする側は55名、合計で110名で小伝馬町から築地までを歩きます。

「では元気に歩きましょう!」R・S・C理事で松本サリン事件の被害者、河野義行さんの声で、平均年齢61歳の隊列はゆっくりと歩き始めます。
10年目の『節目』に”ウォーキングをやろう”という案は、卓上の論議から生まれたものではなく、被害者の方々との雑談から生まれました。04年秋『9〜10年目検診』に訪れたK・Sさんはポツリと言いました。「来年は10年でしょ、10年前に倒れたあの場所に立ってみたいんだけど、でも一人では、まだ自信が無くて…」
 「友人のK・Yさんはね、あの日以来小伝馬町の駅に降りられないんですよ、何とかね、私が付き添ってでも克服してもらいたいんだけどね」M・Kさんは自分の体調不良をそっちのけで、友人のケアに心をくばっていました。
そして被害者の最高齢者Y・K(84歳)さんの一言に心が動きました。「私の目の前に座っておられたH・Wさん(故人)の御霊にお花の体でも捧げたいんですよ、神谷町の駅で」
(様々な人々の『今日までの思い』を『明日に繋げる一歩』は、どんなことをするべきか…)
考えた末に方向が見つかりました。
『主役は被害者の人々』なのだから皆で歩いて皆で亡くなられた方々に哀悼の思いを捧げるウォーキングを!!と。
10年前、最も被害の大きかった小伝馬町駅から築地駅までの路上約4kmを歩き、犠牲者が出た各駅で献花をするプランを考えました。
 しかし、このウォーキングには大きな心配がありました。それは今でもPTSDを抱えていたり、あの日から今日まで被害に遭った駅のホームに降りられない方を誘って、症状が悪化したり、過呼吸やフラッシュバックを起さないか、とうい心配です。
 ウォーキングを行う事で一人でも症状が悪化される方が出れば、「無謀な行為」としてR・S・Cの責任追及の声が出るでしょう。
また、事前に参加希望者を募った便りの返信で、「事件の遭った場所を歩くことを考えただけでも気分が悪くなりました。この企画に反対です。」という意見があったことも確かです。
さらに「PTSD等で未だに現場に近づくことの出来ない人達を考えるべきで、この企画は行うべきでない」と反対意見が部外者から出たのも事実です。

 これらの心配事や「余計なおせっかい」の意見よりも被害者の人々の「10年目にあの場所に立ってみたい」「自分一人では無理だけれど、皆がいるのならこの際・・・」「花をたむけたい」という思いの方が多かったといえます。

 小伝馬町、八丁堀、築地、霞ヶ関、神谷町の各駅で亡くなられた方々への献花はその駅で被害に遭った方々に、ホームで倒れたその場所に花を捧げてもらいました。
M・Kさんが心を痛めていた友人のK・Yさんも、10年ぶりに小伝馬町駅のホームに降りて献花されました。「あの日のことで胸がいっぱいになって、涙があふれて…。でもみんなのおかげでホームに立てました。本当に…よかった。」
たった2〜3時間のウォーキングでしたが、参加された被害者の方々から喜びの声が寄せられました。
アンケートの項目で「ウォーキングに参加される前と後では体や気持ちに変化がありましたか?」の問いに、殆どの方が「あった」と答えています。

「命の大切さ、前向きに生きる気持ちが強くなった」(K・Nさん)

「多くの被害者の方と同じ悩みなどについて語り合えたのが大変よかった」(M・Sさん)

「職場では『お気の毒さま』での話題でしかなかったが、共通の環境での話しが出来ました」(K・Iさん)

「今まで胸につかえていたものが、話すことで一挙に吐き出された様な感じですっきりしました」(K・Sさん)

「何となく元気になってしまい、解散後銀座まで歩いてしまいました」(K・Bさん)

「(初対面の)千葉の被害者の方と妻と有楽町で8時まで一杯して再会を約束して帰りました」(K・Iさん)

昨日まで一人で思い悩み、痛みに耐えてきたサリン被害の人々。その人々が同じ思いや苦しみを共有出来る人がこんなに多くいるのだと実感出来た日になったようです。

事務局長 磯貝陽悟

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